前回はイタリアンに対していわれのない誹謗と中傷を繰り広げまして、関係各位の方々には多大なるご迷惑をおかけしましたので、今回は罪滅ぼしとして我々フランス料理界が、というより私個人がイタリアンの皆様のおかげで「恩恵を被った」ことについてのおハナシでございます。
ロケット(Roquette 仏語)という葉野菜をご存知ですか?
私がこの野菜を初めて知ったのはもう20年以上前のことですが、当時は「タンポポの葉」と紹介されたことを覚えています。
その時の感想は「え~?、なんか違うよねぇ?」という感じだったんですが、市場には定着することなく、かどうかは分かりませんが、少なくとも私の目に付くところからは姿を消しました。
勘の鋭い方なら私が何を言おうとしてるのかもうお分かりと思います。
そうです。そのロケットが数年ののち「ルーコラ(Rucola 伊語)」と名を変えて再登場したのです。
そのあとは破竹の勢いで(?)市場を広げ、今やスーパーの棚にも並ぶ一般的な野菜になりました。
なぜロケットはだめでルーコラは成功したのか?
一番の功労者は「ルーコラと生ハムのピザ」でしょうかね?
いや、その前に周知活動を一所懸命やった市場関係者とイタリアン関係者の功績でしょう。
ルーコラは、ロケットで失敗した「タンポポの葉」じゃなくて、皆さんご承知の通り「ゴマの味がする、ぴりっと辛いそのまま食べられるハーブ」でありました。
そりゃそうだ。「タンポポの葉」じゃ苦そうでイメージがよろしくない。っていうかキワ物っぽくて売れなくてもしょうがないですよ。
もちろんロケットはタンポポの葉ではないんですが、なぜそんな誤解が生じたのかというと、これは「リヨン風サラダ」に使われる野菜だったのですよ。
こんにち、「Salade Lyonnaise リヨン風サラダ」といえば「ベーコンのソテとクルトン、ポーチド・エッグが乗ったアレ」と多くのかたがイメージできるほどに有名な料理になりました。ご家庭でよく作られるホウレン草とベーコンのサラダはそのアレンジでしょう。
その歴史はそんなに古いものじゃないようです。エスコフィエのLe guide culinaireには見出せません。私の手許にある資料では最も古い記録は1922年2月11日の「ギニョル友の会のマション(※1)」に出された「ロバの鼻面のサラダ」ということになってます。
ハイ、わけのわからん表現が出てまいりました。実際にロバの鼻面が入っているわけじゃございません。これがタンポポ(の葉)のことなんですよ。なぜと言うに、「タンポポの若葉をつむ姿がロバが草を食んでいるようだから」とは私がお世話になったレストランのシェフの言葉です。
フランス語は「最もソフィスティックな言語(※2)」と言われますが、このテの表現は数え切れないほどあります。タイトルに掲げたほかの2つの言葉も同じくタンポポを表す語であります。
「ライオンの歯」 Dents-de-lion(※3)はユーミンの歌で皆さんおなじみでしょうが、「おねしょ」はちょっと説明が必要でしょう。このブログをお読みになってる方ならストレートにフランス語で「ピサンリ」といったほうが通りがいいですかね? Pissenlitと綴りますが、この語はPisse en litと3つの単語がくっついて出来ています。すなわち「おしっこ in ベッド」という意味です。強い利尿作用があるから、といわれています。
サラダに使えるのは芽吹いたばかりの若い葉だけですが、収穫できるのは冬から春先のほんの一時だけです。じゃあほかの時期はどうするのかというと、「ロケット」でダイヨウするのですよ。
実際数多くあるリヨン風サラダのルセットには「タンポポまたはロケット」というものがたくさんありますし、ブションでは「タンポポ」と表記していながらロケットを出す店もあります。(春以外はタンポポが無いんだからしょうがないんですけど)。
ここで誤解が生じた。というのは私の推論ですが、このように異称の多いタンポポですから、ロケットもタンポポの別名と思った人がいても不思議じゃないと。
バヴェットもそうですけど、こういう誤解はたくさんあったんじゃないかと。かように思うわけです。
近頃はフランスから本物のタンポポも輸入されるようになりまして、今年ももうすでにシーズンが始まっておりますが、苦みを抑えるために遮光して育てるのでほとんど真っ白です。そして丈が異常に長い。あれは徒長してるんじゃないんですかねぇ? タンポポはやっぱり緑の葉であってほしいと私は望みますが…。
タンポポについ字数を費やしてしまいました。本題に戻りましょう。
フツーの野菜になったルーコラは、ロケットだった頃に比べるととにかくお安くなりました。スケールメリットということですね。
サラマンジェのテンコ盛りリヨン風サラダが実現できるようになったのも、イタリアンの皆様のおかげというわけです。
ところでサラマンジェのリヨン風サラダはSalade LyonnaiseではなくてSaladier Lyonnais(サラディエ リヨネ)と表記しています。
※この写真はオープン当時のもので「サニー」が使われておりますが、現在は「ロケット、ときどきタンポポ」で提供しております。
「リヨンのサラダ鉢」というほどの意味ですが、野菜サラダというよりは、羊の足や鶏レバ、ニシンのマリネなどをサラダボールに放り込んでドレッシングで和えたもので、より前菜としての性格が強いものです。
ここで気になるのは内陸のリヨンになぜニシンがあるのか?ということでしょうけど、もともと「マリネ」というのは保存食でありました。現代では限りなく生に近いものが好まれますが、内陸都市のリヨンでは海の魚なんぞは乾燥品か塩蔵品しか手に入らなかったので、塩蔵のニシンを塩抜きしてマリネしたものを好んで食べた、ということです。
いや~、今日もお勉強になりましたね。
(※1)Mâchon、リヨンのブションで提供されるおつまみ的なもの
(※2)この場合、服飾業界でいわれる「都会的に洗練された」という意味ではもちろんございません。
(※3)「オオカミの歯 Dents-de-Loup」というと三角に切って揚げたクルトンのことで、サラダ・リヨネーズにはライオンもオオカミも入っていることになります。
なーるほど。。。
実に、本当に、お勉強になりますね~。
こういう、一般人にとってどうでもいい知識?は、なかなか得られるものではありません。
有難う御座います。
以前、お伺いした時に、ちと気になったSaladier Lyonnaisという表記もこだわりがあったのですね。
こういう雑学(私にとって)は凄く面白いし、例えば、ワインも飲まずにランチを食べ歩いている素人の女性等が生半可な知識で書いているような、世に氾濫しているブログとは違って、本当に「食べたい!」という気持ちを掻き立ててくれます。
あ、プロの方とは比べるのも失礼ですね。
”オヤジのフレンチ”というコンセプトは「待ってました!」という感じです。
実際に伺うと、まだ慣れないせいか、「ちょっと、とっつきにくいオッサンだなあ。」という気もしますが、それもまた「オヤジフレンチ」のいい味なのでしょう。
「う~ん、食べに行きたい。」
なあるほど!
お勉強になりました!Saladier Lyonnais(サラディエ リヨネ)と確かに標記されており,「オシャレなカフェでランチするのが好き!」という女性御用達のお店で出てきそうなサラダ・・・・ではなく立派な「前菜」でした.
美味しかったですよ.それにしても,イタリアンではルッコラってよく使われますが,フレンチで「ロケット」として特別に記載される事ってあんまり無いですね.
タンポポもサラダにする事は知っておりましたが,実際に食した事はあらず・・・・ホロ苦系でレバーやベーコンと相性良さそう.軟白栽培すれば,たしかにロケットの代わりになり,グラタンにも良さそうですね.でも緑色のままサラダにする方が一般的なのでしょうか?
英語のdandelionも語源は一緒なんでしょうね。
英語でも別名?piss-a-bedといいます。
どうしてなんでしょう??
どちらもフランス語からの転用、および意訳と思われます。
ご無沙汰しております。久しぶりにこちら拝見致しました。
ピザ屋さんの経営になる前の某お城食堂では、品書きにロケットのサラダ(他にも食材が入っていたかも。失念しました)とあったものが「水菜のサラダでございます」との言葉とともに供されました。味はロケットでしたけれど。ロケットを「水菜」とは他のお店では経験がありませんが、私の寡聞によるところかもしれません。
人に誘われての午餐でしたが、すぐ近くには中華料理かと思うような大きな円卓にポロシャツ姿も混じった女性ばかり十数人の賑やかなグループが見られました。その一度で懲りて二度と足を踏み入れませんでしたが、きっと運が悪かっただけですね。
ヒロ様
ロケットに水菜を混ぜてサラダにすることはあるようです。多くの場合、コストを抑えるために。
しかし「お城食堂」ならその必要はないと思われますので、ロケットだけでは風味が強すぎると判断されたのでしょうか?
いや解りません。憶測です。
レストランは一度のご利用で判断されてしまうのはいわば宿命でございます。(特に高単価店では)
自身の身に置き換えてみますと、身の引き締まる思いでございます。
お邪魔します。
横レスすみません。
水菜は、いまはフランス語でも mizuna でだいたい通用するはずですが、ちょっと前までは、
roquette japonaise
と、併記されたりしていましたね。
「お城食堂」の件はわかりませんが。
まきまきさま
何でもよくご存じですねぇ。
私も今いろんなことを調べていますので、もう少々お待ちを。