前回のエントリと順序が逆という気もしないではありませんが、実は「メニューを書く」より「メニュー(ルセット)を読む」ほうがよほどムズかしいんです。
Le guide culinaire 《料理の手引き》という本があります。
多くを語る必要はないでしょう。フレンチの料理人にとってはバイブルとも原点(典)ともいわれておりまして、今なおその重要性は失われていません。
訳書が「エスコフィエ フランス料理」として柴田書店から出版されています。
私がこの本を買ったのはまだ弱冠21歳のとき、あろうことかシェフ(当時は「チーフ」と呼ばれてましたが)としてお店を任されちゃったことがありまして、技量も経験もない私はこの本にすがったのですよ。お給料が10万円でしたから2万円のこの本はお安い買いものではありませんでしたけど。
ところがね、まったく読めませんでした。
ワタクシ、一応日本で生まれ育って高校まではちゃんと(?)教育を受けました。
日本語は読めますよ、もちろん。けど意味がぜんっぜんわからんのですよ。
ためしにちょっと引用してみましょうか。「とび色のルー」の補足部分です。
とび色のルーを作る場合、‘経済的な事情’が許すかぎり、完全に脱脂した澄ましバターを用いることをすすめた。しかし安上がりにしなければならない時は、ソースを脱脂することで間に合わせ、新しい経済的な方法を考え出せばよい。
答えはのちほど書きますが、若い皆さん、どうでしょう、わかります?
‘完全に脱脂した澄ましバター’という自己矛盾にも似た表現をあげつらって揚げ足取りをしたいわけじゃないんです。問題は後半部分です。
バターじゃなくてもいいよ。って言ってるわけじゃありません。
本文を注意深く読んでも、当時の私にはまったく理解不能でありました。
分かりにくい表現を選んでご紹介したことは認めます。全編にわたってこの調子だとは言いませんけど、程度の差こそあれ、このようなわかりにくいものが多いんですよ。
で、先輩に質問するわけですが、皆さん口をそろえて「原書を読め」とおっしゃるんですな。
原書と訳書を並べて読めばフランス語の勉強になるし、より一層理解が深まると。
確かに料理人をフランス語の学習へ導くための《入り口》としての役割を果たしてきたことは事実ですし、ひょっとしたら、だからこれはこれでいいのかもしれない。
けどね、初版からもう40年以上ですよ。
もうそろそろ改訂しましょうよ。
と、マックス先生にお願いしたこともあるんですが、「それは次世代の人たちがやる仕事」なんだそうです。
お断りをしておかなきゃなりませんが、私は何も翻訳の労をおとりくださった角田先生の仕事を批判しようというのではございません。この本があったればこそ、われわれは《エスコフィエ》の仕事の一端に触れることができたのだし、その御苦労を思うと感謝の念を抱かずにはおれません。
とはいってもですね、とくに労働時間の長い若い料理人にとってはとても実用的とは言えないこともまた事実です。
先にあげた引用部分の原書がどうなっているのかもお見せします。ちょっと長くなるので後半、《しかし安上がりに…》のところからから。若い皆さんもトレーニングと思って読んでみてください。
Et si la question 《économie》 se pose, il est à remarquer que le beurre du roux peut, avec un peu de soins, être récupéré pendant le dépouillement de la sauce et trouver un nouvel emploi économique.
訳書ではたった2行にも満たない文言を理解するのにもえらいエネルギーが必要でしょ?
要するに、ルーに使ったバターを(他の用途のために)ソースから回収しなさい。と言ってるわけです。わかりましたよね?
この翻訳する作業が無意味だとは言いませんが、もう少しわかりやすくはなりませんかねぇ…と思うんですよ。
どなたか、フランス語とフランス料理に造詣の深い「次世代の人」にお願いします。
この大書を改訂してください。
爆発的大ヒット、なんてことにはゼッタイなりません。けど、超ロングセラーになることだけは間違いありません。
印税生活も夢じゃない…かも。